監督のつぶやき

2018年

 

最新号      2018年6月更新

 

「問いを深める」   2018年1月 

 「春は名のみの・・・」   2018年2月 

 「静かな勇気」   2018年3月 

 「あっという間」   2018年4月 

 「あきらめない」   2018年5月 

 「イノチのカマド」   2018年6月 

 

 

 

「イノチのカマド」2018.6


紫陽花の季節、窓の外は雨。

 

ここのところずっと、東京の下街にある「牛小屋」と呼んでいる編集室に籠っている。

何故「牛小屋」かと言えば、私が牛年だからであり、ゆっくり反芻しながら編集する私の仕事ぶりがスローモーで、まるで牛の動きのようだからであり、そして、足の踏み場が無いような場所だからだ。

 

今回の反芻は、20年がかりの物語りだ。

35年がかりのドキュメンタリー『やさしくなあに〜奈緒ちゃんと家族の35年〜』を仕上げたあとに、20年がかりのドキュメンタリーのまとめに取り組んでいるような奴はどう考えても「牛」だよね。

いま時、「時間をかけてじっくり・・・」なんて流行らないかもしれないけど、とにかく自慢したいくらい仕事が遅い。時間をかけただけのことはあるね・・・

という作品に成ればよいのですが?

 

『えんとこ』という私の映画を御覧になった方はどの位いるだろうか?

1999年、20世紀の終わりに完成した映画だ。

脳性マヒで、寝たきり暮らしを強いられている学生時代の友人、遠藤滋と介護の若者達の日々を、三年間に渡って記録した、傑作ドキュメンタリーだ。

数年前から、その「えんとこ」(遠藤滋の居るところ、縁のあるところ)に再び通い始め、カメラを回して来た。「奈緒ちゃん」の35年間の記録、『やさしくなあに』の編集に手をかけ始めた頃、もう一度「えんとこ」の記録も撮影しなければ、と思ったのだ。

何故か、又遠藤に逢いたくなったから・・・というのが率直な気持ちだ。

 

20167月、2年前の夏に神奈川・相模原で起きた障がい者大量殺傷事件のことも、もう一度「えんとこ」を撮り継ごうと思った理由のひとつだ。

「役に立たない障がい者は居ない方がいい・・・」と考えた犯人を、異常者と決めつけ、事件を他人事のようにとらえ、コトの本質を考えることなく忘れてしまっているような状況に違和感を抱いているからだ。私達の社会がはらんでいる「優生思想」のような考え方にしっかりと目を向け、その傾向を押し戻さなければ、と「ノロマな牛」は、唸り声を上げたくなったのだ、

「モオ〜〜!!」っと。

 

35年間に及ぶ寝たきり暮らしを続けて来た遠藤は、10数年前から短歌を詠むようになった。

ここ数年、障がいが進行し、声を出すのが難しくなった彼にとって、短歌は思いの丈を伝えるただひとつのメッセージメディアだ。

 

 「犯人をかくなさしめし原因を

  資質のみには求むるなかれ」

 

障がい者大量殺傷事件のことを今も考え続けている遠藤の歌のひとつ・・・

新作の『えんとこ』は、ベッドの上での彼の闘いの日々が自作の短歌と友にドキュメントされている。

遠藤と私からのメッセージを受け止め、それぞれがそれぞれの場所で唸り声を上げてみてほしい。

 

友人のひとりが、自らがかかわる生きものたちを育てることを、「イノチのカマド」にひたすら薪をくべるような日々だ、とつぶやいていた。

「えんとこ」も又、「イノチのカマド」に違いない。介助者達は遠藤に薪をくべ、遠藤から薪をくべられているのだ。私が「えんとこ」を記録し続けることも、「イノチのカマド」に薪をくべることだと思いたい。

 

まだまだあきらめないぞ・・・

 

 

 

「あきらめない」2018.5


五月の初旬に台湾国際ドキュメンタリー映画祭に、

『やさしくなあに〜奈緒ちゃんと家族の35年〜』が招かれ、台北まで行って来た。

11回目をむかえるこの映画祭は、10日間に渡る熱気あふれるお祭りだった。

 

何より印象的だったのは、この国ではドキュメンタリー映画に若者達がとても強い関心を寄せていることだった・・・

客席の八割以上が、若い人達に埋めつくされており、我が日本のドキュメンタリー映画の八割方が、シルバー世代の観客層である現状を思い返さない訳には行かなかった。

 

『やさしくなあに』はこの若者達が生まれる前から撮り続けた35年間の記録だけれど、とても強い関心をしめしてくれ、上映後には次々にその若者達から鋭い質問が続いた。

台湾の映画祭での若者達の熱気をとても嬉しく思い同時に、何故日本では若者達のドキュメンタリーへの関心が薄いのか・・・と考えた。

 

自主上映を20年来手がけて来た私の経験で言うと、日本の若い層はドキュメンタリーに関心が無いわけではなく、観る機会が少ない、「喰わず嫌い」ならぬ「観ず嫌い」の人が多いのではないだろうか・・・

何となく「面白くない」「難しい」と思いこんでいるような気がする。そんなことないのに、観ればきっと好きになってくれると思うけど。

若者達が・・・と言うよりも、社会全体が性急に答えのようなものを求め過ぎていて、「わからない」ものに対して拒絶反応が強くなっているからなあ、自分で物事を考えることを嫌う傾向がとても強くなっていることもドキュメンタリー離れの背景にあるような気がする。

インターネットを使えばボタンひとつでわからないことを検索してくれて、テレビをつければコメンテーターやキャスターがワカッタ風なことを言う。

なるべく考えないで済むようなシステムの開発がどんどん進み、やがて人間は「考える葦」ではなくなっていくのだ。

考える、ということこそが生きていることの中身だと思うんだけどな・・・

 

何故、日本では若者達の多くがドキュメンタリー映画を観ようとしないのか・・・?

そのことをしたり顔で分析することではなく、さしあたって私がやるべきことは若い人達がドキュメンタリー映画を、私の映画を観に来てもらえるようにするためにどんなアプローチをすべきなのか、に違いない。

若者達におもねて、映画を創り、上映する、というのではなく、若者達に映画を観に来てもらえるように出来ることの一つひとつを考え、工夫してみようと思う。

知恵を貸してほしい・・・

 

「まだまだあきらめない。自分のやって来たことを次の時代に次の世代につなぐまでは・・・」と私に呟いた同世代の友人がいる。

脳性マヒが進行し、ベッドの上でもう35年も寝たきり生活を続けている学生時代の友人、「えんとこ」の遠藤滋だ。遠藤は介護の若者達の支えで今も「自立生活」に取り組んでいる。

実は、このところ20年程前に再会して撮った映画の舞台「えんとこ」に再び通い続け、ベッドの上で「

いのち」を問いかけ続けている遠藤に寄り添い、撮影している。

 

まだまだやり残してることがある・・・

私もまだまだあきらめない。

 

 

 

「あっという間」2018.4


35年間の記録、映画『やさしくなあに』を撮り続けた時間は長かったですか?それとも短かかったですか?」と聞かれることがある。

私は、「あっという間でした」と答える。

本当にマバタキのような時間のような気がする。

それだけ夢中だった、ということか・・・

 

おそらく一生というのは、それが50年であれ、100年であれ、マバタキのような時間なのだろう

・・・誰にも、公平に。

 

2018年の春、マバタキのような時間のその又束の間のヒトトキをどのように過ごしたかと言えば、新作『やさしくなあに〜奈緒ちゃんと家族の35年〜』を一人でも多くの方々に観てもらうために、スタッフと共に四方八方にお願いをしてまわることに取り組んでいた。

 

「ぜひ自主上映をしてください・・・」と手紙を書き、電話をする。逢う人ごとに「上映してください」と頭を下げまくるのだ・・・

自主製作・自主上映で映画を創るカントクは、劇映画の大監督のようなわけには行かない。黙って腕組みしていたって映画は観てもらえないからね。映画を観てもらえなければ製作費が回収されないのだから、ソレマデだ。

もしも自分に自慢出来ることがあるとすれば、『奈緒ちゃん』を撮り始めてから35年、自主製作・自主上映で自分なりの映画を創り続けて来たことかな・・・誰も誉めちゃあくれないから自分で言うしかない。

 

四月の恒例「優れたドキュメンタリー映画を観る会」飯田光代さん主催の映画祭のような集りが今年、二十回目の開催で下高井戸シネマでの上映は終えることになった。

 

毎年、欠かさず私の映画を上映してくれていたこの集りで、最終回の今年は『やさしくなあに』と『ゆめのほとり —認知症グループホーム 福寿荘—』の二作品をやってくれた。

「場所を変えてまだまだドキュメンタリー映画を上映する」と宣言した飯田さんに「飯田さんが上映を続けるかぎり、俺は創り続ける」と宣言して返した。

 

四月の終わりには新横浜にあるラポールという施設の大会議室を借りて『やさしくなあに』の小さな上映会をやった。神奈川連続上映と銘打って1月・横浜市泉区、2月・川崎市、3月・大倉山と続けてきた『やさしくなあに』の上映が、4月には予定されていなかったので、私が自分で手を上げて上映を主催することにしたのだ。

人数は多くなくても、映画を観て、ゆっくり話をできるような上映をしたいという趣旨で企画し、映画が終ってからその場でお茶を呑みながら参加した一人ひとりが、それぞれの『やさしくなあに』を語り合う、とてもいい雰囲気の集りになった。

上映会がそのまま『やさしくなあに』と語りかけているようだった・・・

 

神奈川連続上映は少なくとも今年一杯は続けたいと思っている。神奈川にかかわらず、それぞれの場で連続上映を立ち上げてくれたら嬉しい。

マスメディアに頼り過ぎず、自分たちの足元のことを持続して考え続けることをしなければ・・・

ぜひ、手を上げてほしい。

あきらめずに、ねばり強くやり続けよう。

 

あっという間の一生だと思うけど

無我夢中に生き抜こうと思う。

 

 

 

「静かな勇気」2018.3


どんなことがあっても春は来る・・・必ず。

そおして桜が咲いて、散る。

 

『やさしくなあに』の上映会後、数人のお客さんとあれやこれや映画を巡って語り合ってたら、ひとりの方が「私は、この映画から静かな勇気のようなものを頂いた気がします・・・」と呟いた。

「静かな勇気」か、いい言葉だなあと受け止めながら「もともと勇気は静かなものかもしれないね」と応え、35年間撮り続けた奈緒ちゃんと家族の記録に「静かな勇気」を感じ取ってくれたことを、嬉しく思った。

 

♪勇気リンリン瑠璃の色・・・♪と月光仮面の主題歌に歌われたように「勇気」は輝かしいものとばかり思われているけど、本来「勇気」はとても静かで、誰にも気がつかれないように在るものかもしれない。

「人知れず微笑まん」という感じかな?

自己主張することだけを善しとして、誰もが「正しい」ことを言いつのっているように思える私たちの社会で、「勇気」は静かにジッと耳を澄ませている。

 

『シバ』という映画を撮っている時、撮影隊に決して近づこうとせず遠くからジッとこちらを見つめているシバ犬がいました。こちらが少しでも動くと、ピクッと反応する犬で、ずいぶん臆病な犬だなあと思っていたら、飼い主の照井光夫さん(柴犬保存会のリーダー)が「あの犬こそ縄文犬の気質を真っ当に引き継いでいる犬です。ああしてジッと気配をうかがい主人を守ろうとしているんですよ。」と教えてくれた。

一見、臆病に見えるあの犬こそ、勇気ある縄文シバなのだ・・・と。

 

「静かな勇気」は、ドキュメンタリーの創り手にとって最も大切にしたいキーワードのような気がする。

 

『やさしくなあに』はこの春から本格的な自主上映が始まる。そのきっかけになるような上映会が、広島市内から一時間程離れた山合いの小さな街、井原で行われ、姉(奈緒ちゃんのお母さん)を伴って行ってきた。

50人入ったら満員に成ってしまうような小さな公民館で二日間に渡って行われた上映の中心になってくれたのは、池岡正康さん夫妻。350世帯位の街で250人近い方々がサンダル履きで観に来てくれた。

みんな、よく笑いよく泣き、嬉しそうな顔をして映画に触れてくれた。自主上映はかくありたし、と言いたくなるような温もりのあるヒトトキだった。

 

上映の企画から、チケット販売から、当日の上映まで、池岡さん夫妻と数人の仲間たちとでやり切ってくれたのだ。あとで知ったことだが、奈緒ちゃんと同じ重いてんかんを持つ池岡さんの息子さん「こころくん」が上映一週間前に発作が原因で大けがをして病院に入院中だったのだと言う。

そんな中での上映会、大変だったに違いないのに・・・池岡さん夫妻は、私との上映の約束を健気に守り、

地域の人たち一人ひとりに『やさしくなあに』と語りかけるような上映会を実現してくれた・・・感謝。

 

ドキュメンタリー映画を創ることだけではなく自主上映に取り組み、映画を観てもらうこともキーワードは「静かな勇気」と言えるかもしれない。

 

全国各地で『やさしくなあに』自主上映に取り組んでくれる方々を募っています。

ちょっと大変なこともあるかもしれないけど、あるにちがいないけどやってみませんか?

 

「静かな勇気」というキーワードを私有し合う体験になるはずです。

きっと・・・

 

 

 

「春は名のみの・・・」2018.2


♪春は名のみの 風の寒さや

 谷の鶯 歌は思えど

 時にあらずと 声も立てず

 時にあらずと 声も立てず♪♪♪

 

時にあらずと声も立てない、この季節は嫌いではない。黙って冷んやりした風に当たり「こんなことでいいのか・・・」と、しきりに自責の念にかられる浅い春。

 

こんな気分の時には、散らかった身辺を片付けると気が晴れるかもしれない。

東京・渋谷にある事務所を引っ越さねばならないことになり、たまりにたまった書類や本の整理を始めた。

ちょうど『やさしくなあに〜奈緒ちゃんと家族の35年〜』を完成させ間も無いことでもあり、このタイミングで捨てるものは捨ててサッパリしよう、と決意してのことだ。

 

映画『奈緒ちゃん』から自主製作・自主上映に手を染め35年、右往左往しながら自分なりに、ドキュメンタリー映画を創り観てもらうナリワイを生きて来た。

見よう見まね、迷いに迷う人生だった・・・

よくやって来たとも思うし、まだまだだ、とも思う。

35年間に渡る書類や本の山に埋もれながら、いつの頃からかブレーキがぶっ壊れちまい、自力で止まれなくなった人生の旅路の、かすかな記憶をたどってみる。覚えていることは、ほとんど恥ずかしいことばかりだ。一体この旅は何処へ向かっているのだろう・・・

わからない、わからないことが多すぎる。

でも、走り続けるしかない。

くたばるまで・・・走り続ける。

 

この冬は地方巡業が続いた。

金沢、静岡、京都、神戸、広島・・・

新作『やさしくなあに』を上映してくれる各地のミニシアターで、毎週のように舞台挨拶に立っていた。

少しはお客さんが増えるといい、という思いで「よろしくお願いします」と頭を下げ続けた。

ミニシアター上映でお客さんに来てもらい、観てもらったお客さんに、自主上映に取り組んでもらう・・・というのが、我がいせフィルムの営業戦略のひとつでもある。

そして自主上映を積み重ねて行くことで、映画を観てもらいながら製作費を回収する。自主上映活動は、私が映画を創り続けて行く上での生命線なのだ。

電話での上映問合せで、自主上映に上映料が必要であることを説明したら「あんなにいい映画、お金を取ってはいけません・・・」と言われてしまったことがある。そお言われても、困ってしまう。

「上映料を安くしてもらえないか・・・」という問合せも時々ある。その度ごとに、上映担当のスタッフが丁重に、自主上映を公平にやってもらうために値引きはしないことを説得する。

私も、我がスタッフも、生きて行かなきゃならないのですから。

 

この春からいよいよ本格的に、新作『やさしくなあに〜奈緒ちゃんと家族の35年〜』の自主上映が各地で始まる。

一ヶ所一ヶ所、上映を積み重ね、日本中世界中に『やさしくなあに』が広まりますように・・・

 

姉(奈緒ちゃんのお母さん)から、励ましのメールが届いた。

「春も、春になろうとして頑張ってるから、映画もめげずに春になるのを待ちましょう!」

ホントだ・・・

「映画も、映画になろうとして頑張る」

 

自主上映のこと、よろしくお願いします。

 

 

「問いを深める」2018.1


2018年の年明けは『やさしくなあに〜奈緒ちゃんと家族の35年〜』の上映で始まった。

35年間撮影に通った横浜市泉区、奈緒ちゃん一家の地元での自主上映と、東京・新宿K’sシネマでのアンコール上映だ。

 

横浜市泉区での上映は、500人近いお客さんが集まってくれた。

主人公の一人、奈緒ちゃんのお母さんは私の姉だが、昔からお祭り好きで今回の上映でも、集客、当日の運営と、これ以上無いような頑張りようだった。その奈緒ちゃんのお母さんを中心に、奈緒ちゃんの通う知的障がい者施設「ぴぐれっと」のお母さんパワーが炸裂、とても楽しい一日になった。

これから全国各地で拡めようと思っている自主上映の、最先のよいスタートが切れたと思う。

新宿K’sシネマでは昨年11月に一度封切り上映を行ったのだが、好評につきもう一度、ということでのアンコール上映だった。

今回は、前回程集客が伸びず苦戦、けれども連日、足を運んでくれるお客さんがいた・・・ありがたい。

今年も、一喜一憂の日々に明け暮れるのだろう。

 

お客さんが来る来ないだけが、映画を上映することの意味ではないかもしれない、とこの頃思う。

自分に引きつけて言えば、何より映画を創った本人が、自作を観ることからどんなメッセージを受け止めることが出来るかが、大切なのではないだろうか・・・

 

映画『やさしくなあに』は、我ながらとても奥行きのある映画だと思う。

観れば観る程、色々なことを考えさせてくれる。映画を観た人の感想もじつに多様だ。共通しているのは、多くの人が、自分のこと、自分の家族のことを書いていることかな?まず奈緒ちゃん一家にエールを送り、実は、私は、私の家族は・・・という具合に。

 

映画を観るということは、独りになって自分自身のことを振り返るということにつながると思う。

映画は「窓」というよりも「鏡」なのだから。

スクリーンに写る自分自身を、しばし見つめる行為でもあるのだ。知識を得て答えを受け止めるということよりも、問いに気づき、答えのない問いを深めるという時間なのだ。暗がりの中で一時間、二時間、時には三時間、心を宙づりにして旅をするのだ。

答えなどあってたまるか・・・

ひたすら問いを深めることこそが、映画を創ること、観ることなのだ。

 

創り手は悩みに悩んだあげくに長い旅を終え、ひとまず「完成」という波止場にたどり着くのだが、旅は決して終わったわけではなく、果てしなく続いているということだ。

映画は人生そのものだと思う。

 

2月は全国各地のミニシアターでの上映が始まる。

210日(土)には恒例の「ヒューマンドキュメンタリー映画館 日比谷」で、50年前に製作された『奈緒ちゃん』のカメラマン・瀬川順一さん撮影のドキュメンタリー『夜明け前の子どもたち』と『やさしくなあに』が二本立て上映される。

その日の夜、23時からのNHK ETV特集では、いせフィルム製作の日本のアールブリュットを描いたドキュメンタリー『人知れず 表現し続ける人たちⅡ』

(伊勢朋矢演出)が放送される。

 

創り続ける。上映を続ける。

・・・そして問いを深める。

 

今年もよろしく。