監督のつぶやき

2020年

 

最新号      2020年3月更新

 

 

「毎日映画コンクール受賞!!」2020年1月 

「一生懸命」                       2020年2月 

「淡々と」                          2020年3月NEW

 

「淡々と」 2020.3


ひと月ほど「つぶやき」を書かなかった。

実際には、毎日ヒトリゴトを「つぶやき」続ける日々だったけど…

 

「新型コロナウイルス」の影響で、我がいせフィルムの生命線である自主上映が次々中止(延期)になり壊滅状態、存亡の危機であります。

(でもずっと存亡の危機を生きて来たんだけどね。)

 

三月には東京で「ユジク阿佐ヶ谷」、四月には「シネマ・チュプキ・タバタ」、というミニシアターが土俵際一杯でこらえるような体勢で、『えんとこの歌』の上映を続けてくれてきた。

「シネマ・チュプキ・タバタ」は日本で唯一のユニバーサルシアターで、眼の見えない方、耳の聴こえない方も、一緒に映画を観てもらえるミニシアター、山手線田端駅近くの商店街にある、座席数20程度の小さな映画館だ。

実は、いせフィルムの名作の数々を生み出している編集室は、田端の隣り西日暮里駅のすぐ傍にある小さなスペースで「牛小屋」と呼んでいる。

私が丑年生まれで、仕事が牛のようにノロノロしているからだけど、もう二十年以上も我が創作活動の拠点にしているのだ。

だから今回は、言わば地元での上映…

で、このところは田端にある小さな映画館上映に立ち会いながら、西日暮里で次回作の編集に取り組む日々を送っている。

 

ここのところ口グセのようにつぶやいているのは「淡々と」という言葉だ。

テレビも、新聞も、SNSも、「新型コロナウイルス」に明け暮れる日々、その状況をしっかり受け止めながらも「淡々と」自分らしい日々を生きることが、誰にとっても、この時期とても大切なことに思える…

こおいう状況だからこそ、いつもの自分、考え方のベースを出来るだけくずさずにいたい、とも思うのだ。

もともと「淡々と人々の日々を描いていることがよかった…」とか、「淡々とし過ぎて盛り上りに欠けつまらなかった…」とか、映画を観た感想でよく言われて来たので、私にとっては「淡々と」という言葉は、馴染みのフレーズではあった。

 

新作『えんとこの歌』は、「淡々と」の極みのような映画だ。脳性マヒで35年間寝たきりの友人、遠藤滋と介助の若者達が過ごす六帖程のアパートの一室での、二十数年間に及ぶ日々の記録だからね。

主人公の遠藤がラストシーン近くで「粘って粘って、粘るだけしか武器は無かったんだ…」と、うめくようにつぶやく。長い長い時間をベッドの上で「淡々と」いのちのケアーに取り組み続けて来た遠藤ならではの、説得力のある言葉だ。

 

「淡々と」という営みの在り様は、実は極めてポジティブな生きるスタンスなのだと思う。

 

「新型コロナウイルス」の状況下で『えんとこの歌』を観て、この映画は、今こそ観てもらうべき映画だ、と心から思った…本当だ。

一日も早く、この映画の各地での上映を再開したいと思っている。

どうか、力になってほしい。

 

新聞に、劇作家の平田オリザさんが

「私は今もうレジスタンスを始めているつもりだ…

 ファシズムは気がついた時にはもう、社会全体を覆っている。」という文章を寄せていた。

私にとっては、「淡々と」自主製作の映画を創り、「淡々と」その映画を観てもらうことこそが、レジスタンスに他ならない。

 

 

 「一生懸命」 2020.2

 

「一生懸命」創ったものは、

「一生懸命」観てもらえる  

          (黒澤 明)

 

世界の黒澤もヘボカントク(私)と同じようなことを考えながら映画創りに取り組んでいたらしい。

「自主製作」「自主上映」を標榜しドキュメンタリー映画を作り続けて来たのだが、「自主製作」「自主上映」とは要するに「一生懸命」創るから「一生懸命」観てほしい…と言ってるようなもんだ。

 

『えんとこの歌』で毎日映画コンクールの授賞式に出席し、相変わらずドキュメンタリー映画は、映画の世界の末席に位置しているんだな、と思った。末席に居るのは仕方ないとして、映画としてちゃんと観てほしいな、とずっと思い続けて来たんだけど…

食わず嫌いならぬ、観ず嫌いの人がまだまだ多いのだ。悔しい。

我らが『えんとこの歌』受賞スピーチは、私と主人公の遠藤滋と介助の若者達とでステージに上がった。

たどたどしい語りだったけど、劇映画の方々以上に存在感があったように思う。心の底から、創らないわけに行かなかった強い思いを、みんなでメッセージしたからね…

映画同様に、今年の毎日映画コンクールの中では出色だったと思う。どうしても映画にしたかった、という思いに溢れていたから…「自惚れ」かもしれないけど、ピカイチだった。

 

毎日映画コンクール受賞の勢いで上映活動に取り組もうと各地での予定を組み、愉しみにしていた矢先に「コロナウィルス」による自粛騒動が起きた。

「映画の神様」はコンクール受賞で散々持ち上げといて、何という試練を与えるのだろう…次々に上映中止の連絡が届いた。

我がいせフィルムにとって自主上映は生命線、各地で自主上映を開催してもらい、製作資金、上映資金を回収することで辛うじて運営されているのだから、上映中止が続くと、いせフィルムは完全にアウトなのだ。

 

格差社会。結局、日本の社会はコトが起きると弱い所弱いところへとダメージが拡っていくようになっているのだ。クソ!!

 

すっかり打ちのめされながら、東京・世田谷、下高井戸シネマでの受賞記念上映に毎朝通い続けている日々…捨てる神あれば拾う神あり。

連日、20人を超える方々が、メディアから流される「人混みへ行くな!」という情報をモノともせず観に来てくれている。

 

「一生懸命」創ったものは

「一生懸命」観てもらえる…

我が映画は黒澤明さんのように沢山の人々に観てもらえないけど、「一生懸命」観てもらえてるじゃないか…

黒澤さん、いいこと言うよな。

たとえ20人が一人になっても「一生懸命」観てもらえたら上等だ。

 

ベッドの上で35年間「一生懸命」生きて来た遠藤を「一生懸命」撮影した映画を「一生懸命」観てくれる人がいる…それで充分かもしれない。

 

思い「邪(よこしま)」無し…というコトバがあると教えてもらった。「えんとこの歌」は「魂」たましいの深い深いところまで届くような映画だと思っている。

 

負けてたまるか!と声に出して言ってみる。

 

 「毎日映画コンクール受賞!!」 2020.1

 

いつも映画が完成した時には「最高傑作だ!」と思い、試写などで他の人の批評に晒され、だんだん自信を失い、冷めて行くものですが、「えんとこの歌」は自己評価があまり冷めないから、本当に最高傑作かな…と思っていたら、映画コンクールの受賞が決まった。

2019年度毎日映画コンクールドキュメンタリー賞のグランプリだ。キネマ旬報ベストテンと並んで国内の映画コンクールの中では、一番歴史もあり、権威のある賞と言われている。私は長編処女作の「奈緒ちゃん」でもらっているので、二度目の受賞となる。

 

このドキュメンタリー賞を二度受賞した人はいない、と言われたので、第1回(1946年)からの受賞作を調べてみたら、教育文化映画賞と言われていた時代に、もう一人、複数回受賞している人がいた。1956年の「カラコルム」、1957年の「南極大陸」の構成編集者、

伊勢長之助… 私の父だ。

伊勢家は二代続けて、毎日映画コンクールを複数受賞したことになる。何だか嬉しい。

父に反発して、「映画の仕事だけはやるまい…」と言っていた男が、父の死後、記録映画の仕事をやるようになり、父と同じ賞を受賞したことを悦んでいるなんてアホらしい、と笑われるかもしれない。

 

それにしても今回の「えんとこの歌」、我ながら、何故受賞したのだろう、と考えないわけにはいかない。

ここのところのドキュメンタリーの賞の多くは、所謂「社会性」の強い作品しか選ばれない傾向だったので、私のようなヒューマンドキュメンタリーは、「何、寝ぼけたこと言ってんの!?」とインテリの審査員諸氏に馬鹿にされてると思っていたからね。

「えんとこの歌」は、全編に渡って、脳性マヒで寝たきりの友人、遠藤滋が暮らす6帖ほどのアパートの一室を撮り続けた映像で描かれている。ただただ、遠藤と、介助の若者達との係わりの日々が淡々と写しだされ、遠藤の短歌が紹介される、それだけの映画だ。

 …でも撮り始めてから、24年間かかったけどね。

こんな地味な映画をよくも選んだなあ…

2016年のカンヌのパルム・ドールも、ケン・ローチの「わたしはダニエル・ブレイク」のような地味な映画が受賞してるから、世界的な傾向なのだろうか?

 

一ヶ所の場所、一人の人の中に世界はある…というのが、エラそうに言えば私の持論です。

世界中を取材すれば、世界が描けるのではないと思う。一ヶ所を、一人の人をじっと見つめ続けていれば、そこに世界は写り込む、と信じてカメラを回し続けることこそが、私にとってのドキュメンタリー…

前作「やさしくなあに 〜奈緒ちゃんと家族の35年〜」という映画は、35年間、障がいのある姪っ子、奈緒ちゃんとその家族を撮り続けた記録だ。

そして今回は、東京・世田谷にある学生時代の友人のアパート、「えんとこ」に24年間通い続けた記録。

更に次回作も、30年近くカメラを回し続けている。中身はまだ内緒だけど…

仕事が遅いといえば、その通りだけど、慌てることはない… ゆっくり考えるさ、というドキュメンタリー創りなんだ、一言で言えば。

 

受賞を率直に悦び、同時に「えんとこの歌」に限らず、我がドキュメンタリー映画の傑作の数々を、これを機にもっともっと多くの人に観てもらいたいと願う。

まずは、ほとんど知られていない映画「えんとこの歌」を観てもらいたい。

そして、ほとんど知られていない映像作家、伊勢真一という奴が創り続けて来た作品に関心を持ってもらえたら、今回の受賞がそのキッカケになれば…と。

 

こうなったら、クタバルまでドキュメンタリーを創りり続けるぞ!ヨロシク!!